鏡の前で白髪を見つけて、そのまま指でつまんで抜いてしまう。そして抜いた直後に「これって増えるんだっけ」と不安になる。
この繰り返しをしている人は、とても多いです。
「白髪を抜くと増える」という話は、かなり昔から言われ続けています。ただ、この噂を検証しようとすると、いくつかの別々の疑問が混ざっていることに気づきます。抜いた毛穴から複数の白髪が生えてくるのか。隣の毛まで白くなるのか。抜き続けると生えてこなくなるのか。抜くのがダメなら、見つけた白髪はどうすればいいのか。
この記事では、これらをひとつずつ切り分けて説明します。髪に色が付く仕組みから始めて、抜いたときに毛包で何が起きているのか、そして抜く代わりに何ができるのかまで、順番に見ていきます。

先に結論:抜いたせいで周りの毛まで白くなることはない
ここだけ先にお伝えします。
白髪を1本抜いたことが原因で、その周りの毛が白髪に変わったり、白髪の本数が増えたりする仕組みは知られていません。
理由はシンプルです。髪の色は、それぞれの毛を作る「毛包(もうほう)」の中にある色素を作る仕組みによって決まります。毛包とは、皮膚の中にある、毛を作って育てる器官です。白髪を1本抜くことが、隣の毛包まで白髪化させる仕組みは現在知られていません。
「1本抜くと2本、3本に増える」という言い方もありますが、抜いた1本が枝分かれして増えるわけではありません。頭皮では複数の毛包がまとまった「毛包単位(follicular unit)」を作るため、近い場所から2本、3本の毛が出ているように見えることがありますが、それぞれは別の毛包から作られています。
ただし、「増えないから抜いてよい」という結論にはなりません。理由は後半で説明します。抜くことには、白髪が増えるかどうかとはまったく別の問題があります。
先に全体像を示しておきます。
白髪を1本抜いたことが原因で、周囲の毛まで白髪になる仕組みは知られていない
ただし、抜いた場所からはまた白髪が生えてくることが多い
抜くという行為自体に、頭皮や毛包への負担というリスクがある
だから「増えないけれど、抜くのはすすめられない」というのが実際のところ
なぜ「抜くと増える」と言われるようになったのか
迷信だと切り捨てるだけでは、この噂がこれほど長く生き残っている理由が説明できません。実際には、そう感じてしまうだけの背景がいくつも重なっています。
白髪が増える時期と、抜き始める時期が重なっている
これがいちばん大きな理由です。
白髪は、多くの人にとって、ある年代から少しずつ本数が増えていきます。そして人が白髪を抜き始めるのは、まさに「最初の数本を見つけたとき」です。
つまり、こういう順序になります。
初めて白髪を1本見つける
気になって抜く
数か月後、また白髪を見つける
また抜く
一年後、明らかに本数が増えている
この経過を体験すると、「抜いたから増えた」と結び付けたくなります。けれども、抜いても抜かなくても、この年代では本数は増えていた可能性が高いのです。
前後関係と原因は別物
分かりやすい例で考えてみます。
セミが鳴き始めると、その後だんだん暑くなります。でも、セミが鳴いたから気温が上がったわけではありません。どちらも「夏が来た」という同じ理由から起きている、別々の出来事です。
白髪も同じ構造です。「抜き始めた」ことと「本数が増えた」ことは、どちらも「白髪が出てくる時期に入った」という共通の背景から起きています。片方がもう片方の原因ではありません。
あとに起きたことが、先に起きたことの結果とは限らない。これは白髪の噂を読み解くうえで、いちばん役に立つ考え方です。
抜いた場所からまた白髪が生えてくる
これも「増えた」という印象を強める要因です。
白髪を抜いても、その毛包の色素を作る仕組みがそれだけで回復するわけではありません。そのため、次の毛も白く生えることが多くあります。抜いた本人からすると「抜いたのにまた白髪が出た」「むしろ前より増えた気がする」と感じやすくなります。
抜いた後に生える毛は、短くて目立つ
抜いた毛は根元から抜けているので、新しく生えてくる毛はゼロからのスタートになります。生え始めの短い毛は、周りの長い髪に沿わず、ぴんと立ち上がります。
短くて立った白い毛は、長い白髪よりもはるかに目立ちます。本数が同じでも「増えた」と見えてしまう理由のひとつです。
一度気にし始めると、見つかる数が増える
人間は、意識したものが目に入りやすくなります。白髪を探すようになると、それまで気づかなかった毛も見つかるようになります。これは本数が増えたのではなく、発見率が上がっただけです。
これら五つが重なると、「抜いたから増えた」という結論は、かなり自然な誤解として成立してしまいます。
そもそも、白髪はどうやってできるのか
ここは少し専門的な話になりますが、覚える必要はありません。「髪の色は、髪が作られる工場の中で決まる」という一点だけつかんでもらえれば十分です。
まず、毛穴と毛包の違いを整理する
言葉が混ざりやすいので、先に整理します。
毛穴:皮膚の表面にある、毛の出口。外から見える穴の部分
毛包:皮膚の中にある、毛を作って育てる袋のような器官の全体
毛根:皮膚の中に埋まっている、毛そのものの部分
毛球(もうきゅう):毛根のいちばん下、ふくらんだ部分。ここが実際の製造現場
つまり、私たちが「毛穴」と呼んでいるのは出口にすぎず、本体は皮膚の中にある毛包のほうです。この区別は、後で「抜いたときに何が起きるか」を考えるときに効いてきます。
なお、頭皮では複数の毛包がまとまった「毛包単位」を作っているため、近い場所から複数本の毛が出ているように見えることがあります。これは1本の毛が枝分かれしたものではありません。
髪は、下から押し上げられて伸びている
髪は、毛先が伸びているのではありません。毛球で新しい細胞が次々に作られ、それが上へ押し上げられることで、結果として長くなっています。
大事なのはここです。頭から出ている髪の毛は、すでに作り終わった組織です。生きた細胞が中で活動しているわけではありません。爪と似ていて、作られた時点で性質が決まっています。
この前提があると、次の説明が理解しやすくなります。

髪に色が付く仕組み
一言でいうと、髪そのものの材料に、作られる途中でメラニンという色素が組み込まれて髪色が見えるようになる、という仕組みです。
登場するのは三つだけ
毛母細胞(もうぼさいぼう)
毛球の中にある、髪の本体を作る細胞です。分裂して増え、押し上げられながら硬くなって、髪の毛になります。工場でいえば、製品そのものを作るライン。
メラノサイト
毛母細胞のすぐそばにいる、色素を作る細胞です。工場でいえば、ラインの横で色を付ける担当者。
メラニン
メラノサイトが作る色素そのものです。髪や肌の色のもとになります。黒〜茶系の色を出すタイプと、赤〜黄系の色を出すタイプがあり、その量とバランスで髪の色が決まります。
三つの関係
流れにすると、こうなります。
毛球の中で、毛母細胞が髪の材料になる細胞を作る
隣にいるメラノサイトがメラニンを作る
そのメラニンが、髪になっていく細胞へ受け渡される
メラニンを取り込んだ細胞が押し上げられ、硬くなって髪になる
色の付いた髪が、毛穴から外へ出てくる
色は、髪ができあがっていく途中で組み込まれています。あとから塗られるのではなく、材料の段階で混ぜ込まれるイメージです。
白髪は、髪を作る途中でメラニンが十分に組み込まれなくなった毛
人の白髪では、まず毛球にある色素を作る仕組みの働きが低下し、メラニンを作る力や受け渡しが弱くなっていくと考えられています。さらに進むと、色素を作るメラノサイトや、その供給源となるメラノサイト幹細胞の維持にも変化が起こります。
つまり白髪は、単純に「色素細胞が突然ゼロになった毛」ではありません。髪が作られる途中でメラニンが十分に組み込まれなくなった結果、白く見える毛と考えると分かりやすいです。
白髪は「黒い髪から色が抜けた毛」ではない
ここは、この記事でいちばん重要な部分かもしれません。
多くの人が、白髪を「もともと黒かった毛から、色が抜けてしまったもの」とイメージしています。この理解が、白髪にまつわる誤解の大半を生んでいます。
出てきている髪は、もう変えられない
先ほど書いたとおり、頭から出ている髪はすでに作り終わった組織です。生きた細胞が入っているわけではないので、あとから内部の色が抜けていくということは、基本的に起きません。
多くの白髪は、頭皮から出たあとに黒い色が抜けたのではなく、毛包の中で作られる段階からメラニンが少ない、またはほとんど含まれない状態で伸びてきた毛です。
この違いが分かると、いくつかの疑問が一気に解けます。
白髪を抜いても、その毛が黒くなって生え直すわけではない
髪に何かを塗って、内部の色を作り直すことはできない
すでに伸びている黒髪全体が、体内の変化だけで一晩に白髪へ置き換わるとは考えにくい
途中まで黒くて、途中から白い毛がある理由
抜いた白髪をよく見ると、根元側だけが白くて、毛先のほうは黒いことがあります。あるいはその逆のパターンもあります。
これは、髪の作られ方を思い出すと説明がつきます。
髪は根元で作られ、上へ押し上げられていきます。ということは、毛先がいちばん古く、根元がいちばん新しい部分です。
毛先が黒く、根元が白い毛 → その毛が作られている途中で、色素の供給が減った
毛先が白く、根元が黒い毛 → 途中で色素の供給が回復した
1本の毛の色の変化は、その毛が作られていた期間中に毛包の中で何が起きたかの記録になっている、と考えると分かりやすいです。
「一晩で白髪になった」という話
歴史上の人物などで、強いショックを受けて一夜にして白髪になったという逸話があります。
すでに生えている髪の色が一晩で変わることは、仕組みのうえでは考えにくいことです。こうした現象については、色の付いた毛が短期間で抜け落ち、もともとあった白髪が相対的に目立つようになった可能性など、いくつかの説明が提案されています。髪そのものが色を失ったわけではない、という点は押さえておいてください。
白髪になる主な要因
原因は「老化だけ」ではありません。かといって「ストレスのせい」で片付くものでもありません。複数の要素が関わっています。
ここでひとつ注意点を挙げておきます。以下に出てくる要素の中には、「白髪と一緒に見られることが多い」という関連が確認されているものと、「それが原因で白髪になる」と証明されているものが混在しています。この二つは別物です。関連があるからといって、原因とは限りません。
加齢
白髪と最も強く結びついている要因のひとつが加齢です。
人の白髪では、毛球でのメラニン産生低下、メラノサイトの機能低下や減少、メラノソームの受け渡しの変化などが段階的に起こると考えられています。さらに進むと、毛包のバルジ領域にいるメラノサイト幹細胞の維持にも影響が及び、白髪が戻りにくい状態へ進むと考えられています。
ただし、白髪が出始める年齢には非常に大きな個人差があります。特定の年齢を基準に「早い」「遅い」と判断できるものではありません。
遺伝
白髪の出始める時期や進み方には遺伝的背景が関与することが研究されています。家族内で似た傾向がみられることもありますが、「親が早かったから自分も同じ年齢で必ず白髪になる」というほど単純ではありません。
近年は、白髪の出やすさと関連する遺伝子の候補を探す研究も行われています。ただし、白髪はひとつの遺伝子だけで決まるものではなく、複数の要素が関わると考えられています。
色素を作る細胞の消耗
毛包の中には、色素を作る細胞のもとになる細胞が待機している場所があります。髪が生え替わるたびに、ここから新しい色素細胞が供給される、という仕組みです。
メラノサイト幹細胞の維持が白髪に関わることは、マウス研究だけでなく人の毛包を含む研究・レビューでも重要な仕組みとして扱われています。ただし、白髪のすべてを幹細胞だけで説明できるわけではありません。人では毛球のメラノサイト機能、酸化ストレス、メラニン産生や受け渡しなど複数の変化が関わると考えられています。
酸化ストレス
体の中では、細胞の働きの副産物として、反応性の高い物質が生まれます。これが過剰になると細胞に負担がかかる、という考え方が酸化ストレスです。
酸化ストレスは、人の白髪の仕組みを説明する重要な要素のひとつとして研究されています。ただし、そこから「抗酸化サプリを飲めば白髪を防げる」「元に戻せる」と結論づけることはできません。
栄養
栄養状態と白髪の関連を指摘する報告はあります。特定のビタミンやミネラルが不足している状態と、若い年齢での白髪が同時に見られる、といった内容です。
ただし、これも「不足すれば必ず白髪になる」「補えば必ず戻る」という話ではありません。食事が極端に偏っていると感じる場合は見直す価値がありますが、白髪対策としてサプリメントを大量に摂る、という発想には慎重になったほうがよいです。
生活習慣
喫煙と、若い年齢での白髪との関連を指摘する調査があります。紫外線についても、髪や頭皮への負担という観点から関連が議論されています。
ここで正直に書いておくと、これらは「関連が報告されている」という段階です。「タバコをやめれば白髪が減る」と言い切れる根拠にはなりません。ただし、どちらも髪と頭皮以外の面でも避けたほうがよいものなので、気になるなら見直して損はありません。
ストレスや睡眠は、どこまで関係するのか
難しく考えなくて大丈夫です。関係している可能性は示されているけれど、「ストレスだけで白髪になる」ほど単純ではない、というのが現在地です。
研究で示されていること
ストレスと白髪の関係については、近年いくつかの研究が発表されています。強いストレスがかかったときに、毛包の中の色素を作る仕組みに影響が及ぶ可能性を示した研究があります。
ただし、注意が必要です。よく引用される研究の中には、マウスを使った実験が含まれています。マウスで確認されたメカニズムが、人間でそのまま同じように働くかどうかは、別に確かめる必要があります。
人を対象にした研究も行われており、ストレスの多かった時期と髪の色の変化に関連が見られたという報告もあります。ただし、対象人数が限られていたり、観察による研究であったりするため、そこから「ストレスが白髪の原因である」と断定するには、まだ材料が足りません。
実際に受け止めるべきこと
現実的な結論としては、こうなります。
ストレスが白髪に関係している可能性は、研究で議論されている
しかし、人の白髪は加齢・遺伝的背景・毛包内の色素産生機能など複数の要素が関わる
「白髪が増えたのは自分のストレス管理が悪いから」と自分を責める必要はない
睡眠不足については、健康全般との関係と「白髪の直接原因」を分けて考える必要があります。睡眠不足だけが白髪を直接増やすと断定できる根拠は確認できません。
若白髪は異常なのか
若い年代でも白髪が出ることはあります。特に早い時期の白髪では、家族歴との関連を調べた研究があります。
ただし、若い年齢で急に、明らかに目立つ量の白髪が出た場合、まれに体の別の状態が背景にあることが報告されています。甲状腺の機能に関わる状態や、特定のビタミンが不足する状態、皮膚の色素に関わる疾患などです。
心配な場合は、髪の相談ではなく皮膚科や内科への受診が適切です。美容室で判断できる範囲を超えています。
白髪を抜くと、毛包では何が起きているのか
先に要点を言うと、通常の抜毛では毛を作る器官である毛包全体がそのまま抜け落ちるわけではないため、再び毛が生えることがあります。ただし、繰り返し引き抜く行為を「無傷」と考えるべきではありません。
抜けているのは「毛根」、残っているのは「毛包」
白髪を引き抜くと、根元に白っぽい部分が付いてくることがあります。これを見て「毛を作る器官まで全部抜けた」と思う人がいますが、通常はそうではありません。
抜けているのは、皮膚の中にあった毛そのものの部分(毛根)です。一方、毛を作る器官である毛包は皮膚の中に残ります。
毛包には毛周期ごとに新しい毛を作るための細胞群が残っています。そのため、毛幹を引き抜いても毛包が保たれていれば、次の毛周期で再び毛が作られます。
では、何もダメージはないのか
そうとも言えません。
毛は、毛包の中で組織とつながった状態で存在しています。それを力ずくで引き抜くわけなので、程度の差はあれ、周囲に物理的な負担がかかります。
抜いたときに次のようなことが起きるのは、そのためです。
痛みを感じる
抜いた場所が赤くなる
ごくわずかに出血することがある
特に、成長期の元気な毛ほどしっかり固定されているため、抜くときの抵抗が大きくなります。
抜いた刺激で色素細胞が壊れて白髪になるのか
「抜いたときの刺激で色素を作る細胞がダメージを受け、それで白髪になる」という説明を見かけることがあります。
これについては、そう言い切れるだけの根拠は見当たりません。同時に、「絶対に何の影響もない」と断定することもできません。
ただ、はっきりしているのは、白髪を抜いた人の毛が白いまま生えてくる主な理由は、抜いた刺激ではなく、もともとその毛包が色素を十分に供給できない状態になっていたからだということです。抜いたせいで白くなったのではなく、白くなる状態だったから白い毛が生えていた、という順序です。
抜いた場所から次に生える毛は、また白いのか
次の毛も白く生えることが多いと考えられます。
理由は今説明したとおりです。白髪になった背景には、その毛包でメラニンを作り髪へ組み込む仕組みの低下があります。毛を1本抜いたこと自体が、その仕組みを元に戻す治療にはなりません。工場の製品を1個捨てても、工場側の色付け工程が直るわけではない、というイメージです。
黒く戻ることはあるのか
「必ず白い」とも言い切れません。個々の毛のレベルで、色素の供給が回復して色が戻るケースは報告されています。髪は一定の周期で生え替わっており、その節目で状態が変わることはあり得ます。
ただし、白髪を抜くことが、色を戻すきっかけになるという根拠はありません。「抜けば黒く生え変わるかもしれない」という期待で抜くのは、方向が違います。
抜くことで得られるものと、失うもの
整理すると、こうなります。
得られるもの
その1本が、一時的に見えなくなる
引き受けるもの
頭皮への物理的な負担
抜いた場所からまた白い毛が生えてくる可能性
生えてきた短い毛が、前より目立つ状態
割に合っているとは言いにくい取引です。
抜き続けると、どうなるのか
ここは煽らずに、事実として言える範囲を整理します。
「抜いたらハゲる」は言い過ぎ
白髪を数本抜いたからといって、それだけで必ず薄毛になるとは考えられません。1回の抜毛で毛包が必ず失われるわけでもありません。
ただし、「数本なら何度抜いても安全」という意味ではありません。問題になるのは、同じ場所への繰り返しの機械的刺激です。
ただし、長期間の繰り返しは別
一方で、「何度抜いても大丈夫」とも言えません。
長期間にわたる反復的な抜毛では、毛包が損傷し、場合によっては瘢痕化して毛が戻りにくくなることが報告されています。これは主に、抜毛が習慣化する抜毛症などの医学的な知見から分かっていることです。
つまり、リスクの大きさは頻度と期間によって変わります。
1回抜いたからといって、必ず永久脱毛になるわけではない
同じ場所を繰り返し長期間抜き続ける → 毛包損傷や瘢痕化のリスクを無視できない
頭皮側のトラブル
もうひとつ、色素や毛包とは別のリスクがあります。
毛を引き抜くと、赤みや小さな傷が起こることがあります。反復的な抜毛では、皮膚の傷や局所の感染が合併することも報告されています。
ただし、白髪を1本抜けば必ず毛嚢炎になるわけではありません。赤み、腫れ、痛み、膿をもつような変化が続く場合は、触ったり抜いたりするのをやめて皮膚科へ相談してください。
分け目や生え際を繰り返し抜く場合の注意
白髪は、分け目や生え際といった目立つ場所から気になり始めます。そのため、抜く場所も自然とそこに集中します。
分け目や生え際は鏡で見つけやすく、白髪を抜く場所が同じところへ集中しやすい部分です。繰り返し抜くなら、その局所へ機械的な刺激が集中することになります。
「絶対に薄くなる」と怖がる必要はありません。ただ、わざわざ負担を集める必要もない、という程度の理解が現実的です。
白髪が黒に戻ることはあるのか
期待を持たせすぎず、けれど過小にも言わずに整理します。
すでに生えている白髪は、色が戻らない
これは仕組みからはっきり言えます。頭から出ている髪は作り終わった組織なので、あとから内部にメラニンが供給されることはありません。
すでに頭皮の外へ伸びた白い部分へ、毛包から新しくメラニンが送り込まれて黒く塗り替えられることはありません。
新しく生えてくる毛については、可能性がある
一方で、これから作られる毛は別の話です。毛包が色素を供給できる状態に戻れば、色の付いた毛が生えてきます。
実際に、個々の毛で色が戻る現象が観察されたという報告はあります。また、1本の毛の中で、途中から色が変わっているケースがあることも先ほど触れました。
ただし、ここから「加齢による白髪を全体的に元に戻す方法がある」とは言えません。個々の毛で起きうる現象があることと、頭全体の白髪を戻す手段が確立していることは、まったく別です。
「白髪改善」をうたう商品をどう見ればよいか
判断の基準を挙げておきます。
まず、言葉を区別する
染める … 髪の外側から色を付ける。白髪染め、ヘアマニキュア、カラートリートメントなど
隠す … 一時的に色を乗せる。ヘアマスカラ、パウダー、スプレーなど
育毛・発毛 … 毛の量や太さに関するもの。色の話ではない
育毛・発毛と白髪の色素は別の話です。少なくとも、一般的なスカルプシャンプーや育毛製品について、使えば白髪が黒く戻ると一律に期待できる根拠はありません。
表示の言葉を読む
化粧品や医薬部外品には、広告で表現できる効能の範囲があります。「白髪が治る」「使えば黒髪へ戻る」と読める広告を見たときは、その製品区分で認められた効能なのか、根拠が何なのかを確認してください。
サプリメントも同じ
栄養状態が極端に偏っている場合に食事を見直すことには意味があります。ただし、「これを飲めば白髪が黒くなる」と示す確立した根拠は、現時点では見当たりません。

見つけた白髪は、抜かずにどうすればいいか
ここからが実用編です。抜くのがすすめられないとして、では何をすればよいのか。
数本なら、根元近くで切る
いちばん現実的です。抜くことによる頭皮への負担がなく、その場で目立たなくできます。
切るときの注意点
周りの黒髪を一緒に切らないよう、1本を確認してから切る
頭皮に刃先を押し当てない
自分で見えない場所を無理に切らない
安全に切れない位置なら、美容室で処理してもらう
「根元ぎりぎり」を狙うほど皮膚へ刃が近づきます。数ミリ残っても問題はないので、安全を優先してください。
美容室でカットの際に「白髪が気になる場所がある」と伝えれば、その部分を処理してもらえます。自分でやるより安全で確実です。
抜きたくなる気持ちへの対処
理屈では分かっていても、見つけるとつい抜いてしまうことはあります。白髪だけを時々抜くのとは別に、抜く行為そのものをやめられず脱毛部分ができるほど続く場合は「抜毛症」という病気が関係することもあります。その場合は美容の問題として抱え込まず、医療機関へ相談してください。
洗面所に毛抜きを置かない
代わりに小さなハサミを置いておく
鏡の前で白髪を探す時間を決めてしまう
物理的に抜きにくくするほうが、気合いより効きます。
本数と場所に応じた、現実的な対処
白髪への向き合い方は、本数と、どこに出ているかで変わります。
1〜2本の場合
切るか、そのままにしておくかで十分です。この段階で全体を染める必要があるかは、本人がどの程度気になるかで決めて構いません。「何本になったら染める」という医学的な正解はありません。
分け目に集中している場合
分け目は、上から見下ろされる位置にあり、地肌が見えるため白髪が目立ちやすい場所です。
分け目の位置を変える … 白髪が見えにくい位置を探す
部分用の白髪隠しを使う … 分け目だけを一時的にカバーする
根元だけ染める(リタッチ) … 既染部まで毎回染め直さず、伸びた部分を中心に対応する方法
生え際に多い場合
顔まわりの生え際は、鏡で最も目に入る場所です。ここが気になり始めると、実際の本数より多く感じやすくなります。
生え際は皮膚が敏感な部分でもあるため、染料が肌に付きやすい点には注意が必要です。市販の白髪染めを使う場合、生え際の扱いは慎重に。
全体的に増えてきた場合
数を数えるのが面倒になってきたら、切って対処する段階は過ぎています。染めるかどうか、どう染めるかを検討するタイミングです。
このとき、「必ず染めなければならない」わけではありません。染めない選択(白髪をそのまま活かす)も含めて考えられます。ただし、中途半端に伸ばして中途半端に隠すのがいちばん手間がかかるので、方針は決めておいたほうが楽です。
美容室でできる、白髪への選択肢
方法にはそれぞれ向き不向きがあります。「どれが一番良い」ではなく「どれが今の自分に合うか」で選んでください。
白髪染め(ヘアカラー)
一般に「白髪染め」と呼ばれる酸化染毛剤は、白髪と黒髪をなじませたり、白髪をカバーしたりすることを想定した色設計になっています。
向いている場面 … 白髪をしっかりカバーしたい場合
知っておきたいこと … 明るさ、白髪の割合、既染部の履歴、使う薬剤によって染まり方は変わります。白髪染めだから必ず暗くなるわけでも、おしゃれ染めだから白髪にまったく色が入らないわけでもありません
美容室では、白髪の割合と希望色を見ながら、複数のカラー剤や技術を組み合わせて設計することがあります。
ヘアマニキュア・カラートリートメント
髪の表面付近に色を乗せるタイプです。
向いている場面 … 酸化染毛剤とは違う方法で白髪を目立ちにくくしたい場合
知っておきたいこと … 製品区分によって染まり方と持続性は異なります。一般に黒髪を大きく明るくする目的の製品ではありません
白髪ぼかし(ハイライトなどを使う方法)
白髪を「完全に染める」のではなく、白髪と周りの髪の明るさの差を縮めて、目立ちにくくするという考え方です。細い明るい筋を入れたり、全体の明度を調整したりします。
向いている場面 … 全体を暗く染めたくない、白髪と周囲の髪の明度差を利用して目立ちにくくしたい場合
知っておきたいこと … 「白髪ぼかしなら傷まない」ということはありません。明るくする工程を含む場合、髪への負担は発生します。また、白髪の量や髪質、元の色によって仕上がりの見え方は変わるため、誰にでも同じ結果が出るものではありません
明るめの色にする
髪全体を明るくすることで、黒髪と白髪の明度差が小さくなり、白髪が目立ちにくく感じる場合があります。
ただし、白髪染めで明るい色を作るには限界があります。どこまで明るくできるかは、髪の状態や過去の履歴によって変わるので、実物を見てもらったうえで判断することになります。
白髪隠し(ヘアマスカラ・パウダー・スプレー)
一時的に色を乗せる、メイクに近いアイテムです。
向いている場面 … 次に染めるまでのつなぎ、当日だけ隠したいとき、分け目や生え際のピンポイント
知っておきたいこと … 洗えば落ちます。汗や雨で移ることがあるので、服や寝具への付着には注意してください
選ぶときに関わってくる要素
同じ「白髪をどうにかしたい」でも、次の要素で最適な方法は変わります。
白髪の量と分布(全体か、部分か)
髪質と、これまでの施術の履歴
希望する明るさと色
染め直しにかけられる頻度
頭皮の敏感さ、アレルギー歴
美容室で伝えるとよいこと
相談するとき、次の情報があると話が早く進みます。
いつ頃から気になり始めたか
どこが特に気になるか(分け目、生え際、こめかみなど)
今まで何で染めてきたか … 市販のカラー剤、ヘナ、白髪染めトリートメントなどを使っていた場合は必ず伝えてください。使っていた製品によっては、その後の施術に影響することがあります
どのくらいの頻度なら通えるか … 現実的な頻度に合った方法を選ぶためです
暗くしたくない、などの希望
頭皮のかゆみやしみた経験、アレルギーの有無
最後の項目は特に大切です。特に酸化染毛剤ではアレルギー性接触皮膚炎が起こることがあり、厚生労働省は使用前に毎回、製品の使用説明に従った皮膚アレルギー試験(パッチテスト)を行うよう注意喚起しています。過去に毛染めでかぶれた、じんま疹、息苦しさなどを経験した場合は、自己判断で同種の染毛剤を使わず、必ず美容師や医療者へ伝えてください。
急に白髪が増えたと感じたとき
短期間で目に見えて増えたと感じる場合、まず切り分けたいことがあります。
本当に増えたのか、目につくようになったのか
白髪は、一度気にし始めると発見率が上がります。また、髪を切って短くした直後、分け方を変えた直後、明るい照明の下で鏡を見たときなど、条件によって見え方は大きく変わります。
写真に撮って比較すると、記憶よりも冷静に判断できます。
受診を考えたほうがよいサイン
以下のような場合は、髪の相談ではなく医療機関で診てもらうことをおすすめします。
白髪の増加とあわせて、髪が抜ける量が明らかに増えた
円形に毛が抜けている部分がある
頭皮に強いかゆみ、痛み、赤み、じくじくした状態がある
皮膚に白い斑点ができている
疲れやすさ、体重の変化、動悸など、体の他の変化が同時にある
若い年代で急な変化があり、ほかの体調変化も気になる
これらは、美容室で判断できる範囲を超えています。皮膚科、あるいは全身症状があれば内科へ相談してください。
白髪そのものは病気ではありません。ただし、まれに他の状態のサインとして現れることがあるので、他の変化を伴う場合だけは別に考える、という整理をしておいてください。
よくある白髪の噂を、まとめて整理する
「白髪を抜くと増える」
白髪を1本抜いたことが原因で、周囲の毛まで白髪になる仕組みは知られていません。増えたように感じる背景には、白髪が増える時期と抜き始める時期が重なりやすいことなどがあります。
「白髪を抜くと、黒い毛が生えてくる」
これも根拠がありません。抜いても毛包の状態は変わらないため、多くの場合また白い毛が生えてきます。
「1本抜くと2本になる」
抜いた毛が枝分かれして2本になるわけではありません。頭皮では複数の毛包がまとまった毛包単位を作るため、近い場所から複数本の毛が出ているように見えることがあります。
「白髪を抜くとハゲる」
1回抜けば必ず薄毛になるわけではありません。ただし、同じ場所を長期間繰り返し抜く行為では毛包損傷や瘢痕化が報告されており、続けることはすすめられません。
「白髪はストレスでできる」
関連は研究されていますが、「ストレスだけで白髪になる」と単純化はできません。主要な要因は加齢と遺伝的な背景です。
「一晩で白髪になることがある」
すでに生えている髪の色が一晩で変わることは、仕組みのうえで考えにくいです。
「白髪染めを始めると、白髪が増える」
染めることで白髪が増えるという根拠はありません。染め始めるのは白髪が気になる時期であり、その後も自然に増えていくため、そう感じやすくなります。
「シャンプーやサプリで白髪が治る」
一般向けに確立した「これを使えば加齢性の白髪が黒く戻る」という方法は、現時点では確認されていません。染める・隠すことと、毛包の色素産生を回復させることは別の話です。
「抜いた白髪の根元の白い塊は、毛根が取れた証拠」
抜けているのは毛そのものの根元部分です。毛を作る器官である毛包は皮膚の中に残るので、通常はまた生えてきます。
結局、どうすればいいのか
判断の手順にまとめます。
1. 抜くのをやめて、切るに置き換える
数本が気になる段階なら、「抜く」より「安全に切る」へ置き換えるのが現実的です。切る方法なら毛包を引っ張る必要がありません。自分で安全に切れない場所は、美容室で処理してもらってください。
2. 本数が少ないうちは、無理に染めない
数本なら、切る、白髪隠しを使う、そのままにする、染めるなど選択肢があります。何本から染めるべき、という正解はありません。本人がどの程度気になるかと、今後どの程度手間をかけたいかで決めて構いません。
3. 気になる場面だけなら、一時的に隠す
人前に出る日だけ気になる、という段階なら、白髪隠しで対応できます。毎日染める必要はありません。
4. 本数が増えて、切って追いつかなくなったら方針を決める
しっかり染めるか、明るさを調整して目立ちにくくするか、染めない方向で整えるか。ここは髪の状態と、通える頻度と、なりたい見え方で決まります。ひとりで決めきれない部分なので、美容室で実物を見てもらって相談してください。
5. 他の変化を伴うときだけは、医療機関へ
抜け毛の増加、頭皮の炎症、皮膚の白い斑点、全身の不調。これらが一緒に起きているときは、髪の相談ではなく受診を優先してください。
まとめ
要点だけ振り返ります。
「抜くと増える」について
白髪を1本抜いたことが原因で、周囲の毛まで白髪になる仕組みは知られていない
抜いた毛が2本、3本へ枝分かれして増えるわけではない
頭皮では複数の毛包がまとまった毛包単位がある
増えたように感じる背景には、白髪が増える時期と抜き始める時期が重なりやすいことがある
白髪ができる仕組み
髪は毛包の中で作られ、その過程でメラニンが組み込まれて色が付く
多くの白髪は、毛包で作られる段階からメラニンが少ない状態で伸びてくる
すでに頭皮の外へ伸びた部分へ、毛包からメラニンが後から送り込まれて黒く塗り替えられることはない
抜くことのリスク
1回抜いたから必ず薄毛になるわけではない
ただし、長期間の反復的な抜毛では毛包損傷や瘢痕化が報告されている
反復的な抜毛では皮膚の傷や局所感染が起こることもある
そして何より、抜いてもまた白い毛が生えてくることが多い
抜く代わりにできること
数本なら、先の細いハサミで切る(頭皮を傷つけない位置で)
分け目が気になるなら、分け目の位置を変える
一時的に隠したいなら、白髪隠し
本数が増えたら、染める・ぼかす・明るさを調整するなどを美容室で相談
「白髪を抜くと増える」という話は、増えるかどうかという点では否定できます。けれども、抜くことをすすめられるかというと、それも違います。
増えないから抜いていいのではなく、増えないうえに何も解決しないから、抜かなくていい。
見つけた1本を、抜くのではなく切る。それだけで、頭皮への負担も、生えてきた短い毛が目立つ問題も、まとめて避けられます。
参考資料
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https://www.aad.org/public/diseases/hair-loss/causes/18-causes
DermNet「Trichotillomania」
https://dermnetnz.org/topics/trichotillomania
厚生労働省「毛染めによる皮膚障害」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000124268.html
厚生労働省「染毛剤、脱色剤及び脱染剤の使用上の注意について」
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb3640&dataType=1&pageNo=1
執筆:Dolce(美容師歴20年以上)
現場で3万人以上の髪と頭皮を見てきた経験から、「年齢を重ねても美しい髪でいられる方法」を発信しています。
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