出産して数か月。ある日、お風呂の排水口を見て手が止まる。
ブラシに絡む量が明らかに違う。枕にも落ちている。前髪の生え際が、以前より頼りなく見える。
美容室でも、産後のお客様から同じ話をよく聞きます。「急に抜け始めました」「シャンプーが合っていないんでしょうか」「このまま生えてこなかったらどうしよう」。皆さん、ほとんど同じ言葉で切り出されます。
この記事では、産後に抜け毛が増えるとき、髪の中で何が起きているのかを順番に説明します。抜け毛を止める裏技の話ではありません。仕組みが分かると、必要のない心配と、確認した方がよい変化を、自分で切り分けられるようになります。
最初にひとつだけ。産後の抜け毛は珍しいことではありませんが、「産後だから全部同じ原因」でもありません。この2つを両方お伝えするのが、この記事の役割です。
産後に抜け毛が増えるのは珍しくありません
出産のあとに抜け毛が増える経験をする人は、たくさんいます。皮膚科の領域でも、よく知られた変化として説明されています。
ただ「よくあること」と言われても、実際に手のひらいっぱいの髪を見ると、頭では分かっていても怖いものです。日本で行われた産後女性へのアンケート調査でも、抜け毛が多かったと答えた人ほど不安の指標が高くなる関連が報告されています。不安になるのは、気にしすぎだからではありません。
美容室でも、抱っこひもで赤ちゃんを連れて来られて、席に座るなり抜け毛の話を始める方は多いです。誰にも相談できずに何か月も抱えていた、という方も少なくありません。
ここだけ覚えればOK
忙しくて全部は読めない、という方のために、先に要点だけまとめます。
産後の抜け毛は、出産にともなう毛周期(髪の生え替わりのリズム)の変化によって、抜ける時期が重なることで起こると説明されます。
シャンプーが毛根を弱らせて抜けている、とは限りません。洗うのをやめる必要はありません。
多くの場合、時間とともに抜ける量は落ち着いていきます。ただし、抜け毛が止まる時期と、見た目の毛量が戻る時期は別です。
産後の抜け毛が、すべて同じ原因とは限りません。鉄不足や甲状腺の変化など、別の要因が重なることもあります。
長引く、部分的に抜ける、頭皮に症状がある、体調不良もある。こうした場合は、自己判断せず皮膚科などで確認してください。
ここから先は、この5つをひとつずつ、ゆっくり説明していきます。
そもそも、髪はずっと伸び続けているわけではありません
産後の話に入る前に、髪の基本の動き方を知っておくと、あとの説明が一気に分かりやすくなります。
髪は、爪のように永遠に伸び続けているわけではありません。1本1本が「伸びる → 止まる → 休む → 抜けて生え替わる」というサイクルを繰り返しています。これを毛周期と呼びます。
成長期
髪が実際に伸びている時期です。頭皮の毛穴の奥にある毛根が活発に働き、毛が上へ上へと押し出されていきます。
この期間は数年単位です。個人差はありますが、一般に数年間続くとされます。健康な頭皮では、生えている髪の大部分がこの成長期にあたります。目安としておよそ8〜9割という説明がよく使われます。
髪が肩まで伸びる人と、どれだけ伸ばしても胸まで届かない人がいますが、これは成長期の長さの違いが関係しています。
退行期
成長にブレーキがかかる、短い切り替えの時期です。毛包の下部が縮小し、髪を伸ばす活動がいったん終わる方向へ進みます。
数週間ほどで、髪全体から見るとごく一部です。「伸びるのをやめる準備期間」と考えると分かりやすいと思います。
休止期
毛が伸びるのをやめ、そのまま毛穴に留まっている時期です。数か月ほど続くとされています。
大事なのは、この時期の毛は「もう抜ける準備ができているのに、まだ頭にくっついている」状態だということ。抜けるのを待っている段階です。
脱毛と、次の毛への入れ替わり
休止期を終えた毛は、やがて毛包から離れて抜け落ちます。そして同じ毛包は次の成長期へ入り、新しい毛を作る周期へ進みます。
つまり、髪が抜けること自体は、必ずしも「傷んだ」「毛根が弱った」という意味ではありません。健康な人でも、毛周期にともなって毎日一定数の髪が抜けます。一般には1日50〜100本程度という目安もありますが、洗髪の間隔や髪の長さなどで目にする本数は変わるため、数字だけで判断するものではありません。
髪は1本ずつ、別々の「カレンダー」を持っています
ここが今日いちばん覚えて帰ってほしいところです。
頭にはたくさんの毛髪がありますが、全員が同じスケジュールで動いているわけではありません。1本1本が、それぞれ違う日付が書かれた自分専用のカレンダーを持っているようなものです。
今日抜ける予定の毛。来月抜ける毛。3年後まで伸び続ける毛。全部バラバラです。
だから、毎日少しずつしか抜けません。学校のクラスで、全員の誕生日がバラバラだから毎日誰かの誕生日が来るわけではない、というのと同じです。もし全員の誕生日が同じ日だったら、その日は大騒ぎになります。
産後に起きているのは、まさにこの「カレンダーが重なる」現象です。

妊娠中と出産後で、毛周期はどう変わる?
妊娠中に髪が増えたように感じる理由
妊娠中は、ホルモン環境をはじめ体の状態が大きく変わります。この時期は、成長期にとどまる毛の割合が増えることがあると報告されています。
成長期の毛が多いということは、抜ける側に回る毛が減るということ。その結果、
髪が増えた気がする
髪がしっかりした
抜け毛が減った
と感じる人がいます。「妊娠中は美容師さんに髪が多いと言われた」という話も、この変化と関係している場合があります。
ただし、これは全員に起こることではありません。
妊娠中に髪の変化をまったく感じない人もいます。つわりや体調で、むしろ髪の調子が悪かったという人もいます。妊娠すると毛周期が完全に止まるわけでもなく、本来抜けるはずの毛が全部そのまま残るわけでもありません。
実際、妊娠中と産後の毛周期を調べた研究でも、妊娠中に成長期の割合が上がり出産後に休止期の割合が上がるという傾向は認められた一方で、多くの女性ではその変化は極端なものではなかった、と報告されています。
「私は妊娠中に髪が増えなかったから、産後の抜け毛の説明は当てはまらないのでは」と心配する必要はありません。感じ方には幅があります。
出産後すぐではなく、数か月後に抜ける理由
ここは、多くの方が疑問に思うところです。
「出産したのは春なのに、抜け始めたのは夏。時期が合わないから別の原因では?」というご相談を受けたこともあります。
答えは、体の変化と、抜け毛として目に見える時期の間に、時間差があるからです。
先ほどの毛周期を思い出してください。毛は、成長期から休止期に移ったその日に抜けるわけではありません。休止期という「抜ける準備の期間」を数か月過ごしてから、次の毛に押し出されて抜けます。
出産という大きな体の変化がきっかけになって、多くの毛がまとまって休止期に入ったとします。それでも、実際に抜け落ちるのは数か月後です。
写真で例えるなら、撮った瞬間ではなく現像が終わった時に初めて見える、という感覚に近いかもしれません。体の中では出産直後から動き始めていて、目に見える形で現れるのが数か月後、ということです。
そして、普段はバラバラだったカレンダーの日付が、この時期だけある程度そろってしまいます。だから「昨日までは普通だったのに、急に排水口の髪が増えた」と感じます。
「産後脱毛」「分娩後脱毛」「休止期脱毛」…言葉の整理
調べていると、いろいろな呼び方が出てきて混乱すると思います。ざっくり整理します。
休止期脱毛は、休止期に入る毛の割合が一時的に増えて、抜ける量が増える状態を指す言葉です。出産だけでなく、高熱を伴う病気、手術、大きな体重減少などがきっかけになることもあります。
産後脱毛・分娩後脱毛は、出産をきっかけに起きたものを指す呼び方です。一般には、休止期脱毛の一種として説明されることが多いです。
ここで、ひとつだけ知っておいてほしいことがあります。
産後の抜け毛を、すべて同じ仕組みだけで説明できるとは限りません。産後の女性の抜け毛について、実際の頻度や仕組みはまだ十分に分かっていない部分があるという指摘もあります。実際の抜け毛には、複数の要因が重なっていることもあります。
難しく考える必要はありません。「産後の抜け毛は一般に休止期脱毛の一種として説明されるけれど、実際の抜け毛にはいろいろな要因が重なることがある」。この理解で十分です。
「抜け毛が増えた」と「薄毛」は同じではありません
もうひとつ、混ざりやすい2つを分けておきます。
ひとつは、抜ける量が一時的に増えている状態。髪が抜けて減って見えますが、毛穴そのものは働き続けていて、次の毛が育っています。
もうひとつは、毛髪の密度が継続的に低下していく脱毛症。こちらは、時間が経っても自然に元へ戻るとは限りません。
産後によく説明されるのは前者です。ただ、鏡の前で見ている本人には、この2つは同じに見えます。だからこそ、後半で説明する「決めつけない方がよい抜け方」を知っておくことに意味があります。
産後の抜け毛はいつからいつまで続く?
いちばん知りたいところだと思います。先に言っておくと、はっきりした日付は出せません。時期には個人差があります。目安として読んでください。
始まる時期
出産後、数か月してから目立ち始める人が多いとされています。
米国皮膚科学会(AAD)の一般向け解説でも、出産後数か月してから抜け毛が目立つことが多いと説明されています。始まる時期には個人差があるため、「この月から始まらないと産後の抜け毛ではない」と線を引くことはできません。
ピーク
AADの解説では、出産後4か月ごろにピークを迎えることが多いとされています。
ただし「4か月目が全員のピーク」ではありません。それより早い人も、遅い人もいます。ピークがはっきりせず、なんとなく多い時期が続いた、という感じ方の人もいます。
落ち着く時期
多くの場合、抜け毛の量は時間の経過とともに減っていきます。
AADでは、多くの女性が子どもの1歳の誕生日を迎えるころまでに元の髪の量に戻り、それより早く戻る人も多いと説明されています。そのうえで、出産から1年経っても元の状態に戻らない場合は皮膚科医の受診を検討するよう案内しています。
ここで正直に書いておきます。「半年で治ります」「1年以内に必ず元通りです」とは言えません。落ち着くまでの期間には幅があり、そう約束できる根拠がないからです。
見た目の毛量が戻るまでには、さらに時間がかかります
これは、抜け毛が落ち着いた方が次にぶつかる壁です。
「抜けるのは減ったのに、鏡を見ると全然戻っていない」
それには理由があります。抜け毛が落ち着くことと、見た目の毛量が戻ることは、同じタイミングではないからです。
新しく生えてきた髪は、いきなり肩まで伸びてはくれません。髪が伸びる速さは、目安として1か月に1cm前後とされます。ということは、肩までの長さ(仮に30cm)に追いつくには、単純計算で年単位の時間がかかります。
抜け毛が落ち着いてくるころ、新しい毛はまだ数cmほどの短い毛として見えることがあります。頭の上でツンツン立つ短い毛が増えていても、全体の長さにそろうまでは、見た目のボリュームとして実感しにくい時期があります。
ここを知らないと、「抜け毛は減ったのに戻らない、やっぱり何かの病気だ」と思い詰めてしまいます。長さが追いつくまでの時間差がある、と先に知っておいてください。

シャンプーのたびに大量に抜けても、洗って大丈夫?
洗ったから抜けた、とは限りません
産後の方から、いちばん多く聞く誤解がこれです。
「シャンプーしたらごっそり抜けたので、シャンプーが合っていないと思う」
洗髪で抜ける髪を目にすると、そう考えるのは自然です。でも、順番が逆のことが多いです。
思い出してください。休止期の毛は、「もう抜ける準備ができているのに、まだ毛穴に留まっている」状態です。この毛は、いずれ抜けます。
洗髪やブラッシングは、その毛を落とすきっかけになっているだけで、健康な毛を引き抜いているわけではありません。準備ができた毛が、洗ったタイミングでまとめて目に見える形になっている、と考えると分かりやすいと思います。
産後の抜け毛が怖いからといって、洗髪を極端に減らす必要はありません。洗髪の間隔が空けば、その間に自然に抜けた毛が次の洗髪時にまとめて見えることもあります。
洗う頻度は、頭皮の皮脂量・汗・整髪料の使用・生活習慣などに合わせて考えれば十分です。「抜けるのが怖いから洗わない」と我慢する必要はありません。
優しく洗う、というのは具体的にこういうことです
「優しく洗いましょう」だけでは分かりにくいので、具体的に書きます。
爪を立てず、指の腹でやさしく洗う
強くこすったり、髪同士を乱暴にこすり合わせたりしない
シャンプー剤は手のひらでなじませてから頭皮全体へ広げる
洗浄剤が残らないよう、十分にすすぐ
タオルは強くこすらず、押さえるように水分を取る
ドライヤーの熱を一点に当て続けず、適度に離して乾かす
濡れた髪は、乾いている時よりデリケートです。濡れた状態で無理にブラシを通すと、切れる原因になります。
抜け毛と切れ毛は違います
落ちている毛を見ると、抜け毛か切れ毛かの手がかりが得られることがあります。ただし、毛先や根元だけを見て自分で確実に判定できるわけではありません。
休止期を終えて抜けた毛では、根元側に白っぽいクラブ状のふくらみが見えることがあります。これは角化した毛の一部で、「毛を作る組織そのものが抜け落ちた」という意味ではありません。
一方、短く不ぞろいな毛が多い、毛の途中に折れや裂けがある、同じ部分にダメージが集中している、といった場合は切れ毛が混ざっている可能性があります。切れ毛は、毛穴からの脱毛ではなく、摩擦・熱・薬剤ダメージ・強く引っ張る髪型などによって毛の途中で切れたものです。
抜け毛と切れ毛では、考える対策が違います。切れ毛なら扱い方やヘアケアを見直す余地があります。抜け毛については、毛周期や体調など別の要因を考える必要があります。サロンでも、落ちている毛だけで断定せず、髪全体の長さやダメージの出方と合わせて見ます。
授乳や栄養不足が原因なの?
授乳だけを原因にしないでください
「母乳に栄養を全部持っていかれているから抜けるんですよね」
これも、よく聞くお話です。そして、そう単純には言えません。
出産後には、たくさんのことが同時に起きています。
ホルモン環境の変化
出産そのものによる体への負担
まとまって眠れない生活
食事の内容やタイミングの変化
体重の変化
生活リズムの大きな変化
授乳は、このうちのひとつでしかありません。それを取り出して犯人扱いすることはできませんし、「授乳をやめれば髪が戻る」とも言えません。
授乳を続けるかどうかは、髪より優先順位の高い事情がいくつもある問題です。抜け毛を理由に判断するものではないと考えています。気になる場合は、産婦人科や助産師さんに相談してください。
鉄などの不足が関係することもあります
栄養の話を全部否定するつもりはありません。関係することはあります。
特に鉄については、出産時の出血や、食生活の変化などで不足が起こることがあります。鉄が不足した状態と抜け毛の関連は、以前から研究されているテーマです。
ただし、研究の結果は一方向にそろっているわけではありません。抜け毛のある女性で鉄の指標が低い傾向があったという報告もあれば、抜け毛のない人と比べて差がなかったという報告もあります。
言えるのはここまでです。
鉄不足が関係している場合はある
でも「産後の抜け毛=鉄不足」ではない
自分に鉄が足りているかどうかは、鏡を見ても分からない
鉄が足りているかどうかは、鏡だけでは判断できません。必要に応じて、医療機関で血液検査などを行って確認します。
サプリメントの自己判断には注意してください
抜け毛が怖いと、何か飲んで安心したくなります。その気持ちは分かります。
ただ、足りているか分からない状態で、鉄や亜鉛を多めに摂り続けることはおすすめできません。特定の栄養素をたくさん摂れば髪が増える、というものでもありません。
自宅でできることは、もっと地味な話になります。
極端な食事制限をしない
食べる量が減りすぎないようにする
たんぱく質、鉄、亜鉛、ビタミン類などを含め、極端に偏らない
産後の急激な体重減少に気をつける
授乳中や産後は、サプリメントの選び方にも配慮が必要な時期です。飲みたい場合や、すでに飲んでいるものがある場合は、医師・薬剤師・管理栄養士に相談するのが確実です。
睡眠不足やストレスが原因ですか?
赤ちゃんがいる家庭に向かって「7〜8時間眠りましょう」「ストレスをなくしましょう」と書くつもりはありません。無理だからです。
睡眠不足やストレスは、体調全体に影響します。ただ、「寝不足だから抜ける」「気にしなければ治る」という単純な話でもありません。抜けている原因を、あなたの過ごし方のせいにするのは、正確でもないし、公平でもないと思います。
髪のためだけに完璧な生活を目指す必要はありません。今できる範囲で食べて、横になれるときに横になる。それで十分です。抜け毛は、頑張りが足りないから起きているわけではありません。
シャンプーや育毛剤で、産後の抜け毛は治りますか?
シャンプーの役割
シャンプーには、はっきりした役割があります。
頭皮と髪の汚れを落とす
頭皮を清潔に保つ
髪を扱いやすい状態に整える
一方で、シャンプーは産後の毛周期の変化そのものを治療するものではありません。ここは、はっきり書いておきます。
「毛穴の皮脂を取れば髪が生える」「頭皮の血流を改善すれば産後の抜け毛が止まる」といった説明を見かけることがありますが、そういう仕組みではありません。
では、シャンプーを見直す意味はまったくないのか。そうでもありません。次のような場合は、製品や洗い方を見直す価値があります。
洗浄力が強すぎて頭皮がつっぱる、乾燥する
かゆみ、赤み、フケが出ている
髪が絡まって、無理にとかして切れている
産後に急に、においや刺激に敏感になった
いわゆる「育毛シャンプー」も、商品名だけで産後の毛周期変化を治すものと考えないでください。シャンプーはあくまで洗浄や使用感、頭皮・毛髪を清潔に保つための製品です。
トリートメント・アウトバスの役割
トリートメントで毛穴から毛が増えることはありません。ここは正直に言います。
ただ、産後の時期にトリートメントやアウトバス製品が役に立つ場面はあります。
短い新生毛が増えてきたり、毛量が変わったりすると、髪はまとまりにくくなります。しかも、この時期は自分の髪をゆっくり整える時間がありません。結果として摩擦や絡まりが増え、切れ毛が起きやすくなります。
摩擦を減らす
絡まりを防ぐ
毛先の手触りを整える
切れ毛を減らす
スタイリングしやすくする
これらは、トリートメントが得意な領域です。
「毛を増やすケア」と「今ある髪を扱いやすくするケア」は、別のものです。この時期に役立つのは後者だと考えてください。切れ毛を減らせれば、結果的に髪の見た目は保ちやすくなります。
頭皮マッサージやドライヤーはどうですか?
頭皮マッサージについて。気持ちよさやリラックスの目的であれば、否定するものではありません。ただし、マッサージで発毛する、という説明はできません。強くこすったり、爪を立てたりすると、頭皮を傷めることもあるので、力任せにしないでください。
ドライヤーを使ったときに毛が落ちても、それだけで「ドライヤーが毛根から抜いた」とは言えません。すでに抜ける段階にあった毛が、乾かす動作で目に見えることがあります。
一方、熱を近距離から長時間当て続ければ、毛髪の乾燥や切れ毛につながることがあります。濡れた髪は摩擦にも弱いため、強くこすらず、ドライヤーを適度に離して同じ場所へ熱を当て続けないように乾かしてください。
育毛剤・発毛剤は、自己判断で選ばないでください
ここは、この記事でいちばん慎重に書きたいところです。
「産後だから、とりあえず育毛剤を使っておこう」という選び方は、おすすめできません。
理由があります。少なくとも、今回確認した日本の女性用ミノキシジル1%配合外用薬(発毛剤)の添付文書では、使用してはいけない人として、次のような記載があります。
妊婦、妊娠していると思われる人、授乳中の人
妊娠・出産に伴い脱毛している人
甲状腺疾患、急激なダイエット、円形脱毛症など、壮年性脱毛症以外の脱毛症の人、原因の分からない脱毛症の人
脱毛が急激であったり、髪が斑状に抜けている人
つまり、少なくともこの製品の添付文書では、妊娠・出産に伴う脱毛は適応対象としていません。対象としている脱毛症の種類が異なるためです。
これは美容師の判断ではなく、医薬品の公式な使用上の注意を確認したうえでの説明です。製品によって表示を確認し、自己判断で使い始めないでください。
そのうえで、こうも書いておきます。美容師が、医薬品を使い始めるべきかどうか、やめるべきかどうかを判断することはできません。濃度がいくつなら大丈夫、といった判断も同じです。
授乳中は、特に医師・薬剤師へ確認を
妊娠中・授乳中の薬の扱いは、薬剤ごとに違います。同じ「髪の薬」でも、飲み薬か塗り薬か、成分は何かで、注意点はまったく変わります。
海外の授乳と医薬品に関するデータベースと、日本の市販薬の添付文書とで、記載のニュアンスが異なる成分もあります。だからこそ、ネット上の記事で判断するべきではありません。
これから使いたいものがある
すでに使っているものがある
妊娠前から使っていて、産後どうするか迷っている
どのケースでも、医師または薬剤師に確認してください。授乳中であること、赤ちゃんの月齢、他に使っている薬を伝えれば、その人の状況に合わせた説明が受けられます。
産後の抜け毛に、自宅でできること
治すための方法ではありません。この時期を過ごしやすくするための工夫です。
無理のない食生活
先ほど書いたとおりです。特定の食品を足すより、食べる量が減りすぎないこと、極端に偏らないことの方が大事です。片手で食べられるものばかりになる時期もありますが、それを責める必要はありません。
髪への摩擦を減らす
産後は、赤ちゃんの世話で前かがみになったり、抱っこひもの肩ひもに髪が当たったりします。授乳中に髪を掴まれることもあります。摩擦の機会は、思っている以上に多いです。
濡れた髪を無理にとかさない
目の粗いコームを使う
毛先から順にほぐす
寝るときに髪をゆるくまとめる
小さなことですが、切れ毛が減ると、見た目の印象はかなり変わります。
強く引っ張る髪型を続けない
家事や育児で、髪をきつく結んで過ごす方は多いと思います。ただ、同じ場所を強く引っ張り続けることは、頭皮にとって負担になります。
同じ位置で毎日きつく結ぶのは避けて、結ぶ位置を変える、少しゆるめる、という程度で構いません。結ぶこと自体をやめる必要はありません。
カットやスタイリングで見え方を整える
これは、美容室がいちばん役に立てる部分です。
生え際の短い毛を活かせる前髪にする
分け目を変えて、地肌が目立ちにくくする
顔まわりに軽さを作って、短い毛を馴染ませる
全体の長さを少し短くして、トップのボリュームを出しやすくする
毛量が戻る途中の時期は、どうしても中途半端になります。その期間を「なんとかしのぐ」ためのデザインというものがあります。担当の美容師に「産後で抜け毛が増えていて、短い毛が出てきている」と伝えてもらえれば、それを前提に切り方を考えられます。
産後に短い毛がたくさん立ってくるのはなぜ?
抜け毛が落ち着いてきたころ、こんな相談が増えます。
「短い毛が全部立ってしまって、まとまりません」
「前髪の内側から、変な毛がたくさん出てきました」
生え際や頭頂部に、数cmの短い毛がツンツン出てくる。いわゆるアホ毛が急に増えたように感じる時期です。
この短い毛は、新しく伸び始めた毛であることがあります。抜けたあとの毛穴から次の毛が育ってきている場合、見た目としては扱いにくくても、再び伸び始めている過程の可能性があります。
ただし、短い毛のすべてが新生毛とは限りません。ここでも、切れ毛と混ざります。
見た目は手がかりになりますが、短い毛を一本見ただけで新生毛か切れ毛かを確定することはできません。先端が自然に細くなっている、根元から地毛の色で伸びている、周囲にも同じ長さの毛が増えている、といった場合は新しく伸びた毛の可能性があります。一方、途中に折れや裂けが多い場合は切れ毛も考えます。
新生毛なら、扱いやすくすることを考えます。前髪の中に馴染ませる、分け目の位置を調整する、スタイリング剤で軽く抑える、といった方法があります。無理に押さえつけるより、行き先を作ってあげる方がうまくいきます。
切れ毛が多いなら、摩擦やダメージ側の見直しになります。原因が違えば、やることも変わります。
産後でも、カラーやパーマはできますか?
「産後だから禁止」とは決めつけません
これも本当によく聞かれます。結論から言うと、産後という理由だけで一律に禁止、とは考えていません。
まず、よくある誤解をひとつ。通常のヘアカラー剤が毛根まで入り込んで、産後の毛周期変化そのものを起こす、という説明は適切ではありません。産後によくみられる抜け毛は、毛周期の変化として考えます。
ただし、カラーやパーマには毛髪ダメージによる切れ毛だけでなく、頭皮への刺激やかぶれ・アレルギーという別の注意点があります。産後の抜け毛とは分けて考える必要があります。
とはいえ、産後は考えることが増えます
一方で、産後だからこそ確認しておきたいことがあります。
頭皮の状態(湿疹、傷、強い赤み、痛み、かゆみがないか)
体調全般。強い疲労や体調不良がないか
長時間座っていることが負担にならないか
においに敏感になっていないか
施術時間と、授乳や育児のスケジュールが合うか
頭皮に湿疹や傷、強い赤みや痛みがある場合は、無理に施術しません。これは産後かどうかに関係なく同じです。
これまで染毛剤でかぶれたことがある場合は、産後の抜け毛とは別の問題です。特に酸化染毛剤はアレルギー性接触皮膚炎を起こすことがあり、厚生労働省も、過去に染毛剤でかぶれたことがある人は使用を避けるよう注意喚起しています。自己判断で再使用せず、その経験を美容師に必ず伝え、必要に応じて皮膚科へ相談してください。
産後は、体調や育児の予定が日によって変わります。予約の段階で「産後です」「授乳中です」「途中で休憩が必要かもしれません」と伝えてもらえれば、施術時間やメニューを調整しやすくなります。
産後の脱毛と、カラーによるダメージを混同しないでください
ここも整理が必要です。
カラーやパーマでは、毛髪が乾燥・脆弱化して切れ毛が増えることがあります。また、薬剤が頭皮に合わなければ刺激やかぶれが起こることもあります。
これらは、出産後の毛周期変化によって毛穴から抜ける現象とは分けて考えます。
産後にカラーをして、そのあと髪が減ったように感じた場合、原因は「産後の抜け毛」と「ダメージによる切れ毛」の両方があり得ます。混ぜて考えると対処を間違えます。まず、落ちている毛が抜け毛か切れ毛かを見てみてください。
美容室でできること・できないこと
線を引いておきます。ここが曖昧だと、お互いに困ります。
美容室でできること
髪と頭皮の状態を実際に見る
抜け毛なのか切れ毛なのかを一緒に確認する
頭皮に負担の少ない施術を考える
カットやスタイリングで見え方を整える
自宅で髪を扱いやすくする方法を伝える
医療の領域だと思われる場合に、受診をすすめる
美容室ではできないこと
脱毛症の診断
血液検査
鉄不足や甲状腺の異常の判断
女性型脱毛症などの診断
医薬品の処方
薬を始める、やめるという判断
授乳中の薬の安全性の判断
美容師は、毎日たくさんの人の髪を触っています。「この方の髪は前回と手触りが違う」「短い毛が急に増えた」といった変化には気づきやすい立場です。ただ、それは診断ではありません。
「気になる変化があるので、一度皮膚科で見てもらった方が安心かもしれません」。美容師が言えるのは、ここまでです。相談していただくこと自体は、まったく問題ありません。
「産後だから」と決めつけない方がよい抜け方
ここからが、この記事のもうひとつの柱です。
産後の抜け毛はよくあることですが、産後に起きている抜け毛が、全部そのせいとは限りません。産後という時期をきっかけに、それまで気づかなかった別の変化が目立ってくることもあります。
「産後だから様子を見よう」で通してしまうと、確認するタイミングを逃すことがあります。
長引いている
抜け毛が長期間続いていて、時間が経っても落ち着く様子がない場合です。
AADでは、出産から1年経っても髪の量が戻らない場合に、皮膚科医の受診を検討するよう案内しています。1年を過ぎたら異常、という意味ではありませんが、ひとつの目安にはなります。
部分的に抜けている
全体的にまんべんなく抜けるのではなく、一部だけがはっきり抜けている場合。円形や斑状に抜けている場合。分け目など特定の部分の薄さだけが進んでいる場合。
こうした抜け方は、産後の一時的な抜け毛の典型的なパターンとは異なります。
頭皮に症状がある
強い赤み、痛み、しつこいかゆみ、かさぶた、じくじくした部分、フケが急に増えた、といった場合です。
頭皮そのものに何か起きている可能性があります。この場合は、抜け毛を待つより、頭皮の症状を診てもらうことが先です。
髪以外にも体調の変化がある
産後は誰でも疲れます。それでも、次のような変化がある場合は、髪だけの問題として片付けない方がよいことがあります。
動悸がする
強いだるさが続く
体重が理由なく大きく変わる
暑さや寒さの感じ方が変わった
気分の落ち込みが強い
めまいや息切れがある
たとえば、出産後1年以内には産後甲状腺炎が起こることがあり、疲れやすさ、動悸、暑さ・寒さへの感じ方の変化など、産後の生活による疲労と区別しにくい症状が出ることがあります。貧血や鉄不足でも、疲れやすさやめまいなどがみられることがあります。
甲状腺機能や貧血・鉄の状態などは、症状だけで確定できません。必要に応じて、医療機関で診察や血液検査を行って確認します。
他の脱毛症との関係
産後という時期だけを根拠に、女性型脱毛症、円形脱毛症、甲状腺の病気、鉄欠乏などを自分で判断しないでください。
知っておいていただきたいのは、産後の大きな抜け毛によって、それまで目立たなかった別の脱毛の傾向が表に出てくることがある、という点です。産後の抜け毛が、隠れていた変化を見えやすくすることがある、という報告もあります。
女性型脱毛症(FPHL)についても、ひとことだけ。「FAGA=女性版のAGA」という説明を見かけますが、そう単純ではありません。日本皮膚科学会のガイドラインでも、男性型脱毛症とは分けて扱われており、進み方も背景も同じではないと考えられています。
そして、産後の一時的な抜け毛と女性型脱毛症を、見た目だけで確実に見分けるのは難しいことがあります。どちらも「全体的に薄く見える」ことがあるためです。区別が必要な場合は、皮膚科などで確認してください。

こんな場合は、皮膚科などへ相談を
不安をあおるためではなく、判断の材料として書きます。以下に当てはまる場合、皮膚科などの医療機関で確認するという選択肢を持っておいてください。
抜け毛が長期間続いている
時間が経っても改善する様子がない
出産からかなり経っても毛量が戻らない
一部分だけがはっきり抜けている
円形、斑状に抜けている
分け目など、特定の部分の薄さが進んでいる
頭皮に強い赤み、痛み、かゆみ、かさぶたなどがある
抜け毛だけでなく、体調の変化もある
強い疲労感やめまいなど、貧血を疑う症状がある
不安が強く、毎日それが気になって仕方ない
最後の項目を軽く見ないでください。「まだ受診するほどじゃない」と思って、何か月も一人で抱えている方は多いです。不安が大きいこと自体、相談してよい理由になります。産後の抜け毛と不安の関連は、調査でも報告されています。
皮膚科では、どんなことを確認することがありますか?
初めて受診する方は、何をされるのか分からなくて不安だと思います。一般的には、次のようなことが行われます(施設や状況によって異なります)。
出産の時期、出産時の状況、体重の変化、食事、既往歴、飲んでいる薬などの問診
頭皮と髪を直接見る診察
拡大鏡(ダーモスコピー)で頭皮や毛穴の状態を見る
髪を軽く引いて、抜ける本数を確認する検査
必要に応じて、貧血や鉄、甲状腺の機能などを調べる血液検査
血液検査は、いつでも全員に行われるわけではありません。症状や経過を見て判断されます。
受診するときは、いつごろから増えたか、どのくらい抜けるか、他に体調の変化があるかをメモしていくと話が早いです。抜けた毛を写真に撮っておくのも役に立ちます。
「産後の抜け毛でした」と説明されて終わることも、もちろんあります。それは無駄足ではなく、確認できたということです。
よくある質問
産後の抜け毛は、全員に起こりますか?
全員ではありません。ほとんど気にならなかったという人もいます。感じ方にも幅があります。
どれくらい抜けたら多すぎますか?
本数で線を引くのは難しいです。健康な人でも毎日髪は抜けます。数を数えるより、期間、抜け方の形(全体か一部か)、頭皮の症状、他の体調変化の方が、判断の手がかりになります。
毎日洗うと、余計に抜けますか?
洗髪すること自体が、産後の休止期脱毛を増やす原因とは考えにくいです。洗髪の間隔が空くと、自然に抜けた毛が次に洗ったときにまとめて見えることがあります。頻度は頭皮の状態や生活に合わせてください。
育毛シャンプーは必要ですか?
産後の毛周期の変化に対して、必ず使うべきものではありません。頭皮の状態を整える目的で選ぶのは構いません。
トリートメントは意味がありますか?
髪を増やす意味ではありません。切れ毛を減らし、扱いやすくするという意味では役立ちます。
産後の抜け毛と女性型脱毛症を、自分で見分けられますか?
できません。見分けが必要な段階なら、医療機関で確認してください。
美容室には、どこまで相談していいですか?
髪と頭皮の見た目、扱い方、スタイルのことは、遠慮なく相談してください。診断と薬の判断は範囲外です。
まとめ
長くなったので、もう一度だけ整理します。
髪は1本ずつ違うカレンダーを持っていて、普段はバラバラに生え替わっています。出産という大きな体の変化をきっかけに、その日付がある程度そろってしまうことがあります。しかも、体の変化と抜け毛が見える時期には数か月の時間差があります。だから「急に増えた」と感じます。
シャンプーが直接、産後の毛周期変化の原因になっているとは限りません。抜け毛が怖いという理由だけで洗うのを我慢する必要はありません。
多くの場合、抜ける量は時間とともに落ち着いていきます。ただし、抜け毛が止まることと、見た目の毛量が戻ることは別です。新しい毛が長さに追いつくまでには時間がかかります。
そして、産後の抜け毛が全部同じ原因とは限りません。長引く、部分的に抜ける、頭皮に症状がある、体調の変化もある。そうした場合は、産後だからと決めつけず、皮膚科などで確認してください。
自宅でできることは、地味で、控えめです。無理のない食事、摩擦を減らすこと、強く引っ張らないこと、扱いやすくするケア。それで十分です。
美容室でできるのは、髪の状態を一緒に見て、この時期を過ごしやすいスタイルを考えることまで。診断と治療は医師の領域です。
赤ちゃんとの生活の中で、鏡の前に立つ時間はほとんどないと思います。それでも、ふと目に入った自分の髪に落ち込む日はあると思います。そういうとき、髪の中で何が起きているのかを知っていることは、少しだけ支えになります。
髪の扱い方やスタイルは美容室へ、抜け方や頭皮症状、体調面が気になるときは皮膚科などの医療機関へ。相談する場所を分ければ、必要な確認につながりやすくなります。
HAIR記事は、美容師歴30年以上・施術経験3万人以上のDolceが、髪と頭皮の現場経験をもとに制作・監修しています。
執筆・監修:Dolce(美容師歴30年以上・施術経験3万人以上)
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